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大学病院と地域を「物語」でつなぐ試み―鳥取大学医学部付属病院広報誌「カニジル」に参加してー

三宅 玲子

地域発刊の季刊誌の編集チームに初めて参加したのは7月のこと。

鳥取県米子市にある鳥取大学医学部付属病院の広報誌「カニジル」です。日本海名物?のカニからつくる「カニジル」にちなんで、この名前なんだそうです。

命名者でありノンフィクションの大先輩、ノンフィクション作家田崎健太さんが編集長の、日本一攻めてる病院広報誌です。

緊急事態宣言は解除されたものの、再び東京の感染者数が急増し始めていたタイミング。発行元が国立大の病院であるだけに、感染症対策は厳密です。米子に着くと人生初のPCR検査から仕事は始まりました。

初参加の今回、私が与えられたテーマは院内保育所。看護師など女性が多い職場ながら子育てを支える仕組みが乏しかった昭和40年代に、現場が声をあげて全国に先駆けてできた保育所の今を書かせていただくことです。

3日間を病院で過ごしたのですが、人物取材、現場取材、コラム、対談など、病院を舞台にした多彩な読み物が詰まった媒体をつくる過程では、一つの病院の様々な現場を知っていくことになりました。入院でもしない限り、病院に長く滞在することは普段はありません。地域医療の中枢となる大学病院の内側にあるさまざまな医療の技術や知の結集から働き方まで、内側から見るのはまるで自分もスタッフになったようでおもしろいのです。

大学病院が一つしかない県では、国立大学の医学部付属病院は公共性が極めて高い場所かと思います。地域に暮らす人たちにとって、大きな病気をしたら頼りたいのが大学病院。そこには先進医療や高い技術への期待があるのだと思いますが、一方で、実験的な取り扱いをされるのではないかとか、白い巨塔のような場所なのではないかとか、とっつきにくさがあるのも否めません。

「カニジル」では、病院で働く人たちをさまざまな角度から取材しています。ノンフィクション作家が人物ノンフィクションでその人の軌跡と医療人としての思いを深く聞き、特集では外側からでは知り得ないさまざまな現場を取材し、さらには職員に忘れられない本についてきく「人生を変えた1冊」と題したシリーズ、大学病院の謎に迫るシリーズなど、24ページと思えない濃密な媒体です。

活字離れ、本離れ、といわれて久しい中、文字だらけ、と言っていいくらい「読ませる」ことを狙った広報誌は、大学病院と市民を物語でつなごうとしていました。

私が参加したのは5号です。ゼロからのスタートで4号までをつくってきた1年少々の間には、編集長を中心に広報スタッフ、デザイナー、カメラマンなどから成る編集チームでは、議論と試行錯誤が繰り返されてきたと聞いていました。実際に参加してみて、会議でもメールでも、厳しい編集長と意見をぶつけ合うことを厭わない雰囲気に、信頼関係が培われていると感じました。

「カニジル」は、鳥取県の高校にも配布されているそうです。鳥取大学医学部への県内からの進学率が低く、医師の地元への定着率が低いという課題があり、県内の高校生に鳥取大学医学部のことを知ってもらうためだそうです。

病院の中にユニークな「場所」がつくられたり、ラジオが始まるなど、「カニジル」は紙にとどまらず、コングロマリットなメディアにどんどん拡張していきそうです。

鳥取という山陰地方の静かな自治体で、こんな新しいメディアの取り組みが「物語」を軸に始まっていることに、「物語」の力はこんなふうに「載せる場所」を重層的にデザインすることで、研ぎ澄まされて輝くのだなと思うと、心が揺さぶられる思いがします。

私にとって、今年の1月に書店シリーズ「日本の『たたかう書店』をさがして」で定有堂書店(https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c07104/)を訪ねたのが初めての鳥取体験でした。地域の人たちに必要とされる書店という場所づくりに腐心してきた定有堂書店と鳥取の人たちの関わりに味わい深いものを受け取ったところへ、同じ年に再び鳥取へ戻る機会を与えられた幸運を、どのように拡張させられるか、次の編集会議への参加が楽しみです。


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