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  • 三宅 玲子

花盗人

2020.06.02

ぐんと空に向かって伸ばした手の先には緑が茂る枝。

手を伸ばしているのは、だいぶお年を召した女性。

雨上がりの朝、散歩の途中なのか、片方の手には黄色い花のついた枝を一本。

ジョギングの途中、いつもの坂道で通り過ぎようとしたものの、つい気になって、立ち止まりました。

 どうしたんですか。

話しかけると、懇願とでも言いたいような口ぶりでこう言います。

 梅の実がほしいの。どうしても手が届かなくて。

マンションの入り口に茂る木を見上げると、青々とした葉の間からたっぷりと緑の硬い実がのぞいていました。

実家の母もそろそろ梅の実をちぎって梅干しを漬ける頃。

通りすがりのマンションの前で、母と女性がなんとなく重なります。

花盗人という言葉が浮かびました。

花盗人に悪人なし。子供の頃に母がそんなことを言っていたのを思い出し、梅の木に手を伸ばすと、ぽとりと簡単に実はもげました。

ひとつでいいの。ありがとう。

手に乗せると、うれしげな声です。

梅の実をひとつ、いったい何に使うのか、聞きませんでしたが、あの人はきっといい人ですね。


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