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  • 三宅 玲子

「最近走ってる?」

2020.06.01

最近走ってる?

打ち合わせで会った旧知の編集者に聞かれてハッとしました。4年前の6月に思い立って始めた、朝のランニングです。

子どもの頃から短距離走の方が得意で、長距離走はビリから数えた方が早いくらいだったのに、なぜ走り始めたのかというと、それは、長い時間をかけることになりそうな仕事の始まりに、自分を律したいという気持ちと願かけだったように思います。

博多の保育園に取材で通う生活が始まってはいたものの、いったいゴールはどこにあるのか見えなかったあの頃、走って気持ちを一定に保たないと、ちょっとでも気を緩めるとぐずぐずに崩れてしまいそうで不安でした。

4年の間には、うれしいこと、悲しいこと、どうしようもないことが押し寄せては引いていくような日々の繰り返しでした。気持ちが塞いで起き上がれない朝もありました。それでも、数日経つと、朝、玄関を出て、坂道を下り、川沿いに土手の草いきれを吸い込んで、渓谷のひんやりとした木立を抜けるころには、心が整って、顔を上げられるようになっている、そんな時間は自分を立て直すのに必要な時間でした。

昨秋、苦戦した原稿が形になり、荷物を下ろしたような気持ちになったのは確かですが、それでも走ることはやめていなかったのです。

それが、自粛生活が始まってからというもの、気づけばずいぶんと走ることから遠ざかっていました。

コロナ禍で運動不足解消のためにむしろ走る人が増えているというのに、どうして逆行するようにわたしは走ることをやめていたんでしょう。

走る時間は、1人になる時間です。

わたしは走るときに音楽を聴きません。頭の中に巣食っている心配事や気がかりをぐるぐると考えながらただ走る時間を過ごしているうちに、解決はしないものの、心がふっと軽くなっている、その具体的な感覚が何より心地よかった。

家から出ない生活になって、家族が家の中でそれぞれのことをやりながら、決まった時間に顔を合わせてごはんを食べることを繰り返す、こんなに家族が密になって生活するのは、初めての出来事でした。

子どもたちとも、24時間3ヶ月、ずっと同じ空間で過ごしたのは新生児のとき以来です。何しろ彼女たちは0歳から保育園という社会に出て行きましたので。


普段は買いだめしないのですけれども、家庭内自粛ポリスからスーパーマーケットへのおつかいは週に1回と厳しく指導され、冷蔵庫にはぎっしり食材が詰まっているという珍しい風景が用意されることに。自ずと、料理をして食べ終わったと思うと冷蔵庫の中をのぞいて次は何をつくろうかと考えるようなことになっていました。せっせとつくっては食べ(させる)という今までしたことのない生活になって、自分の時間を持とうという発想がすっぽりと抜け落ちていたことに、編集者の指摘で気づきました。

コロナという天災に対して、家族と自分の身を守り、食べさせるという原始的な行為に集中していたこの3ヶ月は、赤ちゃんが生まれてから最初の数ヶ月、女の人が赤ちゃんに心身ともに赤ちゃんにかかりっきりになる、あの状態に近かったのかもしれません。

走ることに気持ちが向かなかったのは意外に悪くなかったんだなと思えたのは、

認知行動療法の考え方で言えば、「こういう考えもある」と発想できたことになりますね。進歩です。

話は戻って、編集者のその「走ってる?」の一言で我に返って、6月の今日からまた走り始めました。緊急事態宣言が解除されて1週間、家族がそれぞれ自分の場所に戻るころでもあります。わたしもまた、1人の時間に戻るときがきたようです。今月は100キロ走行を目標に立ててしまったこの振れ幅の激しいあたりは、要注意なのですが。